春の気の流れを整えるために

 さあ、4月。

5日の「スタート」に向けて体も準備を。

1日3回くらいは、思いっきり伸びをしてね。

両足で立って体の軸を意識しながら両手を思いっきり上げて、ぐっと力を入れながらの伸びを。

呼吸も自然と深くなるはず。

体内の気を入れ替えることができるよ。

そしてお野菜多めの食事がおすすめ。

野菜たっぷりのお味噌汁をこの1週間は定番にしてみて。

1日1食はご飯とお味噌汁。

和食の定番で心身に安定と滋養を与えてあげるの。

春は上に向かっていく気の流れがあり、

それでそわそわする人も多いけど、

こういうちょっとした体や食のケアで落ち着かせてあげることができるんだよ。

皆さんの軽やかなスタートをお祈りして♪

■■■ 依存・共依存からの脱却 その2 ■■■

~見せかけの優しさ・生ぬるい愛情にさよならを告げる~


あなたの優しさは、本物の優しさですか?


あなたの愛は、本当の愛だと自信を持って言えますか?



あなたは本当の優しさに触れたことがありますか?


あなたは本当の愛に包まれた事がありますか?



優しさにも、愛にも、偽物があります。




見せかけの優しさは、相手の心も体も蝕みます。


たとえ相手が喜んでいるように見えたとしてもです。


見た目は喜んだ顔に見えるでしょうが、

心の奥底の部分で、

当人も気がついていない感情の深い部分で、

空虚が満ちていきます。


喜びが満ちるのではなく、空虚が満ちるのです。


あなたが与えたかったのは、空虚でしょうか?


空虚とは、

さみしさや、

本当には大切に思われていない虚しさ、

と言いかえることができます。


あなたは相手にさみしさを与えたくて行動しますか?


あなたは相手に

「自分は本当には大切に思われていないんだ」

という気持ちを感じてほしくて行動しますか?



その人にとって本当に必要な事を与えず、

世間体のいい事を、

あるいは自分の満足することを与えるのは、

自己満足の優しさです。




自己満足の優しさは、

あなたの現実を直視できない弱さから、

あるいはNOと言えない弱さから、

相手が苦労するのを見たくない弱さから、

あなたの中のあらゆる弱さと傲慢さから発生します。




生ぬるい愛情は、相手の目を曇らせます。


生ぬるい愛情は、相手の目を曇らせて、自分の事をよく見せようとする、

ずるさから発生します。


相手の目を曇らせて、

見えない部分を多くして、

私といると安心だよ、

私といると幸せだよ、と嘘をついているのです。


曇った世界が幸せだと、

曇った視界でいいんだ、

とあなたは本当に思いますか?


生ぬるい愛情は、あなたのずるさと嘘から発生します。



本当の愛情は、相手の目を曇らせません。


しっかりと物事を、現実を見つめられる力を、その人の中に養います。



見せかけの優しさも、生ぬるい愛情も、

相手が自立するのに必要な判断力・感情を奪い取ります。




あなたが相手を本当に本当に大切に思っているならば。


見せかけの優しさを与えたいですか?


生ぬるい愛情を与えたいですか?



あなたが相手に本当に自分の人生を自分で歩んで欲しい、

幸せになってほしいと願っているならば。


あなたはどのような優しさを、

どのような愛情を、

どのような行いを相手に注ぐのでしょうか。




見せかけの優しさには、

見返りを期待するあなたの心がつきものです。


優しさを与えた相手からではなくとも、

誰かに自分の事を認めてほしいという願望が奥底にあるからこその、優しさです。


ですから、見せかけの優しさを与えるために、とっても頑張ります。


苦労している事が、相手に、あるいは周囲の人に分かるまで、頑張ります。


時には自分の体や心が辛くなるまで頑張る事でしょう。


褒められることが嬉しくて、

褒めてもらえるときだけ自分が認められた気がして、

あなたは優しさを提供していませんか?


相手の存在が自分の存在価値であるがゆえに、

あなたは優しさを提供していませんか?


あなたの優しさの、

あなたの行いの本当の動機はなんでしょう?




生ぬるい愛情には、

私がいなければ生きていけない人のままであってほしい、

というあなたの願望がつきものです。


そして、相手と自分を混同していることが多いです。


相手の目を曇らせて、曇らせて、

自分を必要としてくれるように、誘導しているのです。


自分の価値を、頼られる事に見出しているから。



「私がいないとなんにもできないんだから」

「こいつはなんにも知らないから」

と喜んで言うあなた。


あなたは、自分だけがよければいいのでしょうか。


相手の成長や、相手の人生を広い視野で見てみてください。


それでもあなたは

「あなたがいなければ何もできない人」

に相手を育てたいですか?


相手の人生を、相手の人格を、

本当に尊重してあげる事が、あなたにできるでしょうか?


相手の自立に、あなたは耐えられますか?





本当の優しさや、本当の愛情は、時に痛く苦しいものです。


与える方も、受け取る方も。



でも、本当のことは、

本当に人を育てます。


自分の事をよく知り、自分自身を敬い、

自分のいのちに価値を見出せるようになります。




誰に褒められなくても。


頑張りすぎなくても。


誰かに自分の存在価値を見出さなくても。


誰かの目を曇らせなくても。


誰かに嘘をつかなくても。


するい自分でなくとも。


自分のいのちに価値があることを知り、

人生を自分の判断で歩んでいくことができるように、なるのです。



そういった人は、自分を本当に愛することを知っているので、

相手の事も、本当に愛することができます。




自分の大切な人が、

本当の愛という基盤から人間関係を築いて人生を謳歌できたなら、

それは本当に素晴らしいことだと思いませんか?


そのために、あなたには何ができるでしょうか?



あなたが本物の優しさを与えること。


あなたが本当の愛情を示すこと。


囲い込むのではなく自立を促すこと。


そして、あなたが自分自身の人生を精一杯生きること。



あなたが大切な人にしてあげられることは、それだけです。




あなたは、誰に褒められなくとも、

あなたのいのちそのものに価値があります。


あなたは頑張りすぎなくていいのです。


もっと、「自分を」大切にしていいのです。


あなたは誰かに自分の存在価値を任せてしまうほど、小さな存在ではありません。


あなたはしっかりと現実を、人生を見つめて生きる事ができます。


あなたは嘘をつかなくていいのです。


あなたは、本当はずるくなんてありません。


弱さから傲慢になるのは、本当は辛いことですね。





あなたのいのちの価値を。


本物の輝きを。


生きていきましょう。

■■■ 依存・共依存からの脱却 その1 ■■■

~コントロールを手放す~


あなたは誰かに、


「こうして欲しい」


「こうしたらいいんじゃない?」


「こっちの方がいいよ」


と言う時に、相手が完全に自由な選択ができるよう心がけていますか?



相手が親であれ、

子供であれ、

配偶者であれ、

友人であれ、

上司や部下であれ、です。



あなたがいいと思う方向にバイアスをかけた言葉かけをしないよう、

心がけていますか?




相手が自分のひらめきや意志を保ちつつ、

平等にこちらの意見を聞けるように心がけていますか?


むしろこちらの意見を言う前に、

相手の考えやひらめきを引き出すような質問をしてあげていますか?


あるいは何も言わずにそっと、

考えが生まれるまで、ひらめきが生まれるまで、

相手の生みの苦しみを見守ることをしていますか?


相手の考える力、発想力を信じて大切にしていますか?

先回りして、相手が苦労しないような道をアドバイスしてはいませんか?

遠回りに見えても、相手のやりたい事を尊重してあげる事を心がけていますか?






どちらを選択しても、相手の事を責めないでいられていますか?


どちらを選択してもにっこりとしていられますか?


その選択を喜んであげられますか?


その選択を応援してあげられますか?



相手が失敗と思われる事に直面した時に、

「ほらね」 「だから言ったじゃない」

と言わずに、優しく大らかに見守る覚悟をいつもしていますか?





人は、誰もあなたの思った通りにはなりません。


たとえあなたが「幸せになりますように」と願ったとしてもです。


「幸せになりますように」 という願いからでたあなたの言動は、

『あなたの思う』幸せに相手を連れて行こうとします。


けれど人にはそれぞれの考えがあり、

やってみたいことがあり、

やってみなくては分からない事があるのです。


その考えを、

やってみたい事を、

やってみなくては分からない事を本人がやりつくさないと、人は成長できません。



人は、自分の考えを、

やってみたい事を、

やってみなくては分からない事を実行できた時、幸せを感じます。


たとえそれがうまくいかなくてもです。


自分の内側から出てきた考えやアイデアを信じられるようになるからです。


自分の頭を使う喜びがあるからです。


これらはどれ程素晴らしい偉人の言葉に触れる事よりも、大きな喜びをもたらします。



そして自分の考えを、

やってみたい事を、

やってみなくては分からない事を実行できた時、人は成長します。


どうしたらいいのかと試行錯誤して知恵を働かせますし、

こんな風にやればいいんだ、と体験から学んでいるからです。


失敗したと思う事があっても、それで世界が終る訳ではない事を学ぶことができます。


あきらめない人になります。


失敗してはじめて、誰かの言う事に心から素直に耳を傾ける事ができるようになります。


人と協力して生きていくことができるようになります。




つまり、あれこれ世話を焼きすぎたり、

口や手を出し過ぎたり、

自分の思う方向に相手を連れて行こうとするのは、

相手の成長を妨げ、

喜びを奪い、

あなたがいなければだめな人にしてしまっているということです。





あなたがいなければだめな人、何もできない人は、

本当に幸せな状態なのでしょうか?



よく考えてみて下さい。


人の一生を長期的な視野で見てみましょう。


人生は、「今」だけではありません。


これから先どんな人とどのように関わっていくのか、

どのような展開があるのか、だれも知りません。


誰と関わっても、どんなことがあっても、

自分の頭を働かせて、誰かと協調しながら自分の足で歩んでいけることがどれ程大切な事なのかを。



あなたから見て足りない「今」だけ見て、

相手を「だめな人」にしない事が肝要です。



相手の成長を信じ、

いい事も悪い事もぐっとこらえて余計な手出しをせずに体験させてあげましょう。


どん底から這い上がってきて始めて見える景色もあるのです。


「私がいなければだめな人」

という幻想にきっぱりと別れを告げましょう。


そして心の底から相手を信頼し、見守りましょう。


放っておくのとは全く違います。


あなたの丹田に力を込め、見守るのです。



もしあなたが、誰かが自分の思う通りになったことで満足したり喜んでいるとしたら、

あなたはコントロールできたことに快感を覚えているのだと自覚するべきです。



誰かをコントロールすること、支配することに、喜びを感じているのです。



コントロールすることは、相手の自由を奪う事です。


例えば 「素直にいう事を聞くいい人・いい子」 は、

つまりはあなたの思い通りになる人ですね?


それは、相手の幸せや喜びを心から嬉しく思えている状態とは違っています。



あなたのいう事を聞く人は、

あなたのいう事を聞こうと努力する人は、

あなたにとってはいい人かもしれません。


なぜなら、あなたの 「こうして欲しい」 「こうなったらいいのに」 という欲を満足させてくれるから。




けれど、その人のした事は、

努力は、

その人が本当にしたかった事でしょうか?


やり方も、その人がやりたかった方法でしょうか?


それをする事によって喜びを得、心から満足しているでしょうか?



相手に期待する事によって、

その人の内側から出てくる 「ほんとうにやりたいこと」 を奪っていませんか?



「失敗しないように手助けしている」 という体のいい言葉で、

相手のチャレンジを奪っていませんか?


相手の失敗する権利を奪っていませんか?


失敗してはじめて分かる事があり、その時に失敗は失敗でなくなるのです。


失敗する権利を奪うという事は、成長する権利を奪っているという事でもあります。



そしてコントロールによって満足を覚えているあなたは、

実はコントロールされている人と同じく、

自分の内側から湧いてくる考えを、

自分のやってみたい事を、

やってみなくては分からない事に目をつむり続けているのです。



相手を操作することに一生懸命になるという事は、そういう事です。


どうにかして誰かを変えようとしている時に、

あなた自身が自分の内側から湧いてくる考えを大切にできている訳がありません。



目の前の相手の振舞いや言動に一喜一憂し、

どうにかしようと心を砕き、振り回されています。


心を砕き、振り回されているので

「こんなに一生懸命やっているのだから、きっと相手も変わってくれるはず」

という思いすら抱き始めます。


これはあなたの思い込みです。


繰り返し言いますが、人は、誰もあなたの思った通りにはなりません。



誰かをコントロールすることに心を傾け、

時間を割いている場合ではありません。


あなたも、自分を取り戻しましょう。


あなたの考えを、あなたのやってみたい事を、

あなたのやってみなくては分からない事を実行に移しましょう。


そして失敗してみましょう。

成功もしてみましょう。


自分の人生を歩みましょう。


自分の人生を、自分のものにしましょう。


相手の人生を、相手に返しましょう。




人が誰かにできることがあるとするならば、

「こんな道もあるよ」

と相手が見えてなかった道を指し示すだけです。


「あなたの見えている道の他にこちらの道もあるけれど、

どちらを選ぶのも完全にあなたの自由だよ。

だから自分で選んでごらん。」



そうして、その人が歩むのを見守り、

自分は自分の道を歩んでいくのです。


道は違っていても、助け合う事はできます。


知恵を出し合って難局を乗り切ることもできます。


一緒に遊ぶこともできるでしょう。


けれど、自分の道は自分にしか歩めませんし、

あなたは誰かほかの人の道を歩くことはできないのです。


そして自分の道に誰かを引っ張り込む事もできません。


引っ張り込んだらとても窮屈になって、

引っ張り込まれた相手も自分も伸び伸びと成長できなくなり、

結果お互いが辛い思いをします。


また、相手が歩もうとしている道以外に強引にレールを敷いて、

そこにその人を放り込むこともできません。


相手は自分で道を歩む力がつけられなくなりますし、

そのレールがいくらあなたにとって良いものに思えても、

相手にとっていいものだとは限りません。


それにこのようなレールの上を歩くのは大きな無価値観に襲われることでしょうし、

大変な孤独感を味わう事でしょう。


歩いても歩いても、自分の生み出した道ではないのですから。





自分の人生を、自分でしっかりと歩もうと決めましょう。

相手の人生をコントロールすることを、やめましょう。

善意からのコントロールもやめましょう。




人は、自分の人生をしっかりと生きることで輝きを放ちます。

その輝きを見て、周囲の人が自然と変わっていきます。

内側から発する輝きが、自分も、誰かも、本当に生かすのです。



あなたの生きる姿が説得力を持ちはじめると、

コントロールしようとしなくとも、あなたの大切な人は幸せへの道を歩み始めようとするでしょう。




あなたにできることは、自分が幸せになること。

それだけです。

徹底的に、自分を幸せにしていきましょう。